【努力感(Effort)】について~ライアン・ホールとサラ・ホールのトレーニングから学ぶ
【努力感(Effort)】とは
僕が市民ランナーの方々を指導させていただく中でよく使う言葉の一つに【努力感】というものがあります。
これは「走行ペース」でもなければ「心拍数」とも違います。
「走行ペース」や「心拍数」は身体の外側で起こる現象である一方、【努力感】は身体の内側に存在する非常に感覚的なものです。
この【努力感】という概念の重要性を語る人は日本ではあまり多くないように感じるのですが、海外(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)では【Effort】という言葉で実践レベルにおいてもよく使用されています。
例1)
「5×1000m / 5000m Effort」
→ 5000mのレースを走る努力感で1000m走×5本
例2)
「3×10mins / Marathon Effort」
→ マラソンのレースを走る努力感で10分間走×3本
例3)
「4×6mins / LT Effort」
→ LTの努力感で6分間走×4本
といった具合に、その時の練習の目的によって「努力感Effort」という感覚を“単位”として使用します。
この【努力感(Effort)】という指標を持つことで、「走行ペース」だけにこだわらない柔軟なトレーニングを設計することができます。
サラ・ホールの8マイル閾値走
“私が長年にわたって学んできたのは、(トレーニングでの)結果を、内包したり何かを証明しようとしたりするのではなく、科学者が科学の実験を見るように観察できるのがベストだということです”
ライアン・ホール(アメリカ男子マラソン歴代最速記録保持者=2時間04分58秒)
サラ・ホールはアメリカ女子マラソン歴代2位の記録(2時間20分32秒)を持つ素晴らしいランナーです(しかも、この記録は昨年サラが37歳の時に出したもの)。
このトレーニング動画では、8マイル(約12.9km)の「閾値走」とタイトル付けされているものの、閾値ペースに強くこだわることはしていない模様。
「このペースで走らないといけない」というものではなく、あくまで「正しい努力感(Effort)」で走った結果、どのようなペースになるか“観察”してみようというスタンスです。
そのため、事前の設定ペースは細かすぎず5:45~5:30/mi(3:34~3:25/km)。
この設定ペースを守れていないからといって一喜一憂しない。
現在の走行ペースに感情移入することなく、その日の体調に合わせて「正しい努力感」で走るというわけです。
また、この「努力感」は基本的に「感覚」で判断され、心拍数モニターはあまり活用していないとのこと。
その結果、自然と調整されたペースが今後のトレーニングの指針になると述べられています。
【努力感(Effort)】と【数値的データ】
ガチの競技レベルで走ってきたランナーはこの【努力感(Effort)】の感覚が理解できると思いますが、まだランニング歴が浅いランナーの方々はこの感覚的な話を聞いても今ひとつ腑に落ちないかもしれません。
「そんな感覚的な判断よりも、GPS時計に表示されるタイムや心拍数の方が数値的でよっぽど当てになるじゃないか」
と感じる方も少なからずいると思います。
確かに実際の「走行ペース」や「心拍数」といった客観的な数値も大事なんですが、それと同じくらい「感覚」という主観的な尺度も重要です(特に「心拍数」は気候や体調、時間帯など実際のパフォーマンス以外の様々な要因が絡み合ってアウトプットされる反応値に過ぎないので、心拍数をベースにトレーニング全体を組み立てるのは個人的にはあまりオススメしません。あくまで体調管理やフィットネスレベルの指標として活用するのがいいと思います)。
とはいえ、走行ペースや走行距離、心拍数等のデータを取っておくことに損はありません。
実際、トレーニングのデータはできるだけたくさん取っておいた方がいいでしょう。
しかし、その「データをどう使いこなすか」というのが難しいところで、情報が多過ぎて混乱したり、場合によっては使う必要のない情報だってあったりするわけです。
最近はランナー周りのテクノロジーが発達しデータマニアと言わんばかりにトレーニングデータ(数値)にこだわるランナーが増えています。
テクノロジーの発展とトレーニングの科学化。それ自体は素晴らしいことなのですが、結局それらのデータを使いこなせなければ本末転倒です。
それらの数値的なデータは自分の感覚とどのようにリンクしているのか、という視点は常に持っておいた方が良いでしょう。
「4:00/km」というペースでも、「高い努力感で走る4:00/kmペース」と「低い努力感で走る4:00/kmペース」とでは大きく違います。
結局のところ、「数値」と「感覚」この両輪を回していくことが最適解なのかな、と思います。